通常、持っている不動産を賃貸に出す場合、日本では貸す側が物件のメンテナンスや整備にかかる費用を全て負担し、住むのに問題がない状態までもってきた上で借りる側が入りますが、最近では借りる側が手間や費用を負担する「借主負担型DIY」が注目されています。
これは、どういうものなのでしょうか?
借主負担型DIYとは
最近日本でも増えている借主負担型DIYは、古くて手入れが必要な家を快適に住める状態にするため、あるいは、そこを借りて住む人間の好みにあった部屋にするために借主が自分の負担で手を入れることを言います。
通常日本の賃貸住宅では借主によるリノベーションは認められておらず、もしやった場合には退去の際に元通りにして戻す原状回復義務が課せられていますが、この原状回復の義務を取り払おうという試みです。
日本ではなかった理由
欧米ではたとえその不動産が賃貸であろうと、ちょっとした家の不具合は借主が自分で直すことはよくあります。これは、DIY文化が根付いているという理由もありますが、それよりも建物に対する考え方が日本と欧米では根本から違うからです。
地震が少なく、石やレンガなど堅牢な造りの家が多い地域では、当然のことながら一度建てた建物は何代もオーナーが代替わりしながら使われることになります。今でもニューヨークなどを歩くと、築百年以上のブラウンストーン(褐色砂岩)の家で普通に人が暮らしています。
一方、神道が生活様式に溶け込んでいる日本では、新しいものを尊びます。たとえば、伊勢神宮などの歴史ある神社でも、「遷宮(せんぐう)」と言って定期的に本殿を建て替えますが、これは神様にパワーのある新しい建物にいていただくためです。古い歴史ある教会の建物が現役で残っているキリスト教とは対照的ですね。
そんな新しいものにはパワーがあって尊いという考え方があるため、日本では家はやっぱり新築が一番、そこに住む人がいなくなったら、一度全て壊して更地にし、次にそこに住む人が自分の好みにあった家を建てるべきだという「スクラップアンドビルド」の考え方が一般的だったわけです。
スクラップアンドビルドの限界
木や紙など、耐用年数はさほどないが軽くて扱いやすい素材を使うが故に、日本ではスクラップアンドビルドが主流で、たとえば江戸時代などは常にどこかで行われている建設業が江戸を世界一の大都市として下支えしてきました。
しかし時は流れ、現在日本のスクラップアンドビルド文化は一つの転換点にさしかかっています。
家余り時代を乗りきれない
今、不動産業界の波は大きく言えば二極化と売り傾向と言えます。アベノミクス開始当初に着工された利便性の高い都心部のタワーマンションが次々に完成していますが、これらは資産家が相続税対策にしたり、あるいは外国人が投資対象にしたりという形で富裕層をターゲットにした賃貸に回される物件が多くなります。
その一方で以前からやっているような古いアパートや老朽化したマンションは少子化や貧困化、外国人労働者の受け入れなどの煽りを受けてスラム化の恐れすらあります。
こういった危険性は2020年の東京オリンピックの頃には顕著になると読んで、現在アパート経営をしているオーナーの中には早めに手放したいと思っている人も多いのです。
売るに売れない家がある
不動産収入用の物件でそこそこの利便性など、資産価値があれば今のうちに売却するというのも一つの手ですが、中にはすでに売ろうにも売れなくなってしまった物件もあります。その代表的なものが、今から数十年前に親世代が郊外や地方に建てたマイホームです。
人口の東京都心流入の勢いは止まらず、子供世代が都会で生活基盤を築いている場合、郊外や田舎の親の実家は親が亡くなったり独立して暮らすことが難しい状況になった場合、とんでもないお荷物になってしまいかねません。
賃貸に出そうにも、古い家屋のメンテナンスにはお金がかかります。子供世代にはその余裕はないかもしれませんし、売るにしても二束三文でも買い手が現れない、あるいは、親が一生働いて建てた夢のマイホームを売るのは忍びないという心情的な問題がある人もいるでしょう。
そんな理由で今、日本全国で空き家がどんどん増えています。誰も住んでいない老朽化した家は急速に劣化し、ネズミやゴキブリの格好の住処になるだけではなく、放火などの犯罪の心配もあります。さらにはひどくなったら倒壊事故の危険性すらあるでしょう。
放置された空き家をなんとかしようと、政府も相続物件売却の際の税制優遇などの手立てを検討していますが、その中の一つが「借主負担型DIY」です。
借主負担型DIYは救世主になるのか
住まなくなった家を賃貸に出したいけれども、メンテナンスをする費用がないというオーナーと、自分の好みの家に安い家賃で住みたいという借主、両方の「いいとこどり」を狙ったのが「借主負担型DIY」です。
借主負担型DIYのしくみ
簡単に言えば、畳の部屋をフローリングにしたいとか、新しいシステムキッチンを入れたいなど、そこに住もうとする人が自分で費用と労力を負担して家を自分が住みやすいようにリノベーションし、オーナーはその分家賃を格安にするのですが、もちろんその際には借主と貸主双方が納得する条件でなければいけません。
空き家バンクの活用
下町の古い風情のある家がどんどんなくなっていくことを憂えた東京芸術大学のグループが住む人が亡くなった後の家を借り入れ、そこに自分たちで手を加えて、昔ながらの文化を守りながらアトリエにしたり住居にするという試みが以前からありました。
これをお手本に、現在移住者を募集している多くの自治体では住む人がいなくなった家を「空き家バンク」として登録するところが増えています。間にプロの不動産業者が入る場合もありますが、プロの仲介なしでオーナーと居住希望者が話し合い、どこをどのようにリノベーションするのか、その費用負担はどのくらいで、家賃はいくらくらいが適性なのかを話し合うケースも多々あります。
海外では当たり前
これは海外では当たり前に行われてきたことで、パイプの水漏れなどは借主が自分で直しますし、家具付きの物件の場合、ベッドを新調したいから、オーナーと借主でベッド代を半分ずつ出しあうなんていうこともよくあります。
家は「使い捨て」ではなく、代替わりしながら使い続けるもの、というよりエコな考え方に日本も近づいていくのかもしれません。
退去する時はどうなる
借主が退去する場合には、それぞれのケースで話し合い、取り決めがされますが、多くの場合借主負担でリノベーションしたものは残置物の扱いになります。
つまり、原状回復義務もなければ、リノベーションにかかった費用をオーナーに請求することもありません。リノベーション費用は、家賃の値引きと自分好みの家に住むことで相殺されています。
まとめ
日本ではまだ馴染みがあるとは言えない「貸主負担型DIY」は、まだまだ発展途上の制度です。思い違いや行き違いによってトラブルになることもあるかもしれません。それを避けるには、事前の話し合いと取り決めが何よりも重要です。
借主も貸主も、もし自分でやるのが不安な場合は、不動産業者が仲介に入る物件もありますし、あるいは地域に空き家バンクや住み替え支援のNPOがあって定期的に交流会を開いているところもあるので、とりあえずは問い合わせてみてはどうでしょうか。